有限会社キャニッツのサイトへようこそ。
  • このページはログとして残っている古いページです。
  • リンク切れや、現状にそぐわない記述などが含まれる場合が御座います。
  • また過去の技術で作られたページもあり、きちんと表示されない場合も御座います。
どうぞご了承頂いた上でご覧ください

有限会社キャニッツ

最新の情報、コンテンツは
こちらからどうぞ

 
同人プロジェクト 会社概要 お問い合わせ
コンテンツメニュー レンタル掲示板 自動登録リンク集 各種ダウンロード 週刊蟹通(スタッフによる週一コラム)

・怪談のひみつ


登場人物紹介
人々
博士 ・ 蟹太くん ・ 通子ちゃん ・ カイダーン

博士   :何でも知ってる偉い人。
      喫煙量を増やしたら抜け毛が増えたのでアンニュイ。
蟹太くん :好奇心旺盛な少年。わりと頭が悪い。
      尻ポケットに入れていた文庫本を落としてアンニュイ。
通子ちゃん:蟹太くんの友だち。割と性格が悪い。
      携帯電話を家で紛失して一週間近いのでアンニュイ。
カイダーン:怪談の精。
      アンニュイ番長でもある。



夏だから怪談をしよう


博士「もう連日暑くてたまらんのだ。怪談をしよう!」
蟹太「なるほど。それで博士の気が済むのなら、するといい」
通子「気温計を持ってきましょうか」
博士「うむ……。なんか言い返すのも熱が発生しそうで厭じゃな。
   そう、あれはわしが君たちほどの年頃のことだ……」


 そう、あれはわしが君たちほどの年頃のことだ。その頃、わしは
いつも仲のよい3人組と一緒につるんでいた。当時は秀才トリオで
ちょっとは名が通っていたものだ。わしのあだ名は、すでに博士と
決まっていた。少しは驚いたかな。わしの博士という愛称はもう何
十年もの古さを持ったものだったのだよ。そして、教授という通称
で呼ばれていたやつがいて、こいつはまだ歳が十にも満たないうち
から眼鏡を愛用していた。年の割に大人びた顔と、長身のおかげで
先生と呼ばれたやつもいた。博士、教授、先生の秀才トリオという
わけだな。わしらは何かにつけ一緒に野山を駆けめぐり、共に蔵の
奥のほこりをかぶった本を発掘し、疲れれば同じ布団で昼寝をした
ものだった。
 得意分野こそ違ったが、みな帝都の帝大へ行って学問の道を究め
たいと願っていたな。教授のやつは目が悪くなるのもうなづけるほ
ど手当たり次第に漢籍を読んでいた。和書や洋書にも手を出そうと
していたようだな。どうにも歴史関係の類が多かったと記憶してい
るが、どうだったかな。先生は何と言っても数字に滅法強かった。
だが、数式と格闘しているときのやつの顔は、理学者と言うよりも
哲学者のそれだったね。わしはと言えば、ただ知識のゆえに知識を
愛した、とでも言っておこうか。
 結局、帝大に行ったのはわしだけになってしまったがなあ……。
あいつらの才の輝きはわしなどより遙かに優れていた。帝大に入っ
ておれば、きっと二人とも名をなしたことだろうにな。
 おっと、怪談をするつもりが年寄りの回顧になってしまったか。
二人とも、どうかな、退屈していないかな。

(蟹太と通子、博士に先をうながす)

 そうか。それでは本題に入ろう。
 そうだな、あれはやはり夏だったね。わしと教授と先生は、まあ
片田舎とでも呼べる村に住んでいてね。なかなか涼しいところだっ
たので、裕福な環境にあった人たちが、所々に別荘を建てていた。
そのうちの一つ、村の中心からはずいぶん離れたところに、通称に
「蛾屋敷」と呼ばれたものがあってね。蛾。そう、あの虫の蛾だ。
夜に飛ぶ蛾だ。その屋敷は電線を何本も引いていて、夜の間じゅう
ずっと明かりを灯しているという奇矯なふるまいで有名だったよ。
夜を徹して煌々と光を放っているものだから、もしやすると村中の
蛾が集まったのではないかと思わせるほどでね。窓に蛾のぶつかる
コツコツという音が夜に近くを通ると聞こえそうなものだったな。
家を持っていたのは一代で財をなした神戸の豪商で、海外との貿易
でずいぶん儲けたという話だった。そのせいか、妙な習慣も舶来の
ものだろうということで村の連中には大目に見られていた。
 さて、その蛾屋敷に、ある日、自動車が乗り付けてきたらしい。
らしい、というのは自分の目でみていないからだが、それでも村の
みんなが大騒ぎしたものだから本当なのだろう。どうにも帝都だか
横浜だかから来たらしいが、なぜだかその車に乗ってきたのは屋敷
の主人の知人である外国人だという噂が立ってね。そんな証拠は何
にも無いのに、不思議なものだね。
 それで、その夜、わしら三人は自動車と、あわよくば異人さんを
見ようとて、蛾屋敷まで探索に出向いたと言うわけだ。

 そうだ、わしら三人で行ったのだ。

 近づくと、あの蛾屋敷特有のカツカツいう音が聞こえてきたな。
今でもよく覚えているよ。村で育ったのだから蛾など珍しくもない
が、教授のやつがある種の蛾にある蛇の目が大の苦手でね。先生の
着物に掴まるようにしてなるべく蛾を見ない方向で努力していた。
わしだって、自分の手のひらより大きくて白く蛍光を放つ蛾に顔面
を撫でられてはいい気分はしなかった。とにかくね、本当に凄い蛾
の数なんだ。屋敷に近づくにつれてどんどん増えていってね。
 屋敷に着いたときには、もうどうでもいい気分になっていたよ。
ここまできて帰るのは臆病者だと言った先生の意見に押されて、屋
敷の裏口に回ることにしたが、今になって思えば、誰も帰ろうなん
て言っていないのにあんなことを口にした先生は、一番帰りたかっ
たのかもしれないね。

 帰ればよかったのにね。

 そう、蛾屋敷は二階建てのがっしりした洋館でね、一階のほとん
どの面は大きな縦長の窓がいくつも並んでいた。明るいから中が見
えるんだな。異人さんが家族の誰かと話でもしていないかと、中を
次々と覗いていったのだがね、誰もいなかった。ただ電球の黄白色
の明かりと、無人の廊下、無人の部屋があるだけだった。そして、
何とも奇妙なことだが、部屋にも廊下にも家具調度の類がいっさい
置いていなかった。

 考えてもみてくれ、何も中身がない部屋がずらりと並んだ大きな
夜の屋敷というものを。

 そういえば、その時まで気づかなかったのだけれど、わしらは、
この屋敷の家人というものを一人も見たことがなかったのだ。お互
いに話し合ってそれに気づいた。いくぶん首を傾げはしたものの、
家人は二階の部屋にでも住んでいて、あとの部屋は未使用なために
空けたままにしてあるのだと解釈した。それで、先生が裏口から入
れるなら中に入ってみないかと提案をしたのだ。どうも一階は無人
のようだから誰かに咎められることもなかろうし、よしんば見つか
っても全力で遁走すれば捕まることもなかろうとね。それで、わし
らは裏口の扉をそっと押した。開いているとは思わなかったね。
 だが、扉に鍵はかかっていなかった。扉の奥にはがらんとした廊
下が続いていて、20mほどで突き当たって見えなくなっていた。
すぐ左手には扉のない戸口があって、どうやら貯蔵庫か台所のよう
なものだろうと漠然と思った。扉のノブを握っていたのは教授で、
そのままやつは屋敷の中へ一歩踏み入れた。

 その時に目の前が真っ暗になった。

 どうやら停電だったらしくてね、後で聞いた話だと村中の電気が
消えてしまったらしい。発電所の方で何かトラブルがあったという
ことだ。
 光に慣れていた目だったからね、急な変化に耐えられずに視力は
まったくといっていいほど無かった。村の夜は元々暗かったんだ。
月明かりと星明かりに慣れるまでちょっとはかかったと思う。
 停電になってすぐ、足の下にカランと音がして、それからは全く
静かだった。わしは驚いたが、声は出さなかったんだ。ただ、蛾の
飛び回る音だけがしていた。足下に落ちたものが月光を反射して、
教授の眼鏡だとわかった。やつが驚いて眼鏡を落としたのだと思い
わしは教授を呼んだが、何も返事がなかった。二度呼んで、それで
も返事がないので、先生が屋敷の中へ入った。
 月明かりの下の先生の背中が、屋敷の中の真っ暗闇のなかへ消え
ていく、そのときの光景を、わしはこの歳になるまで鮮明に覚えて
いる。忘れられればどんなにかしあわせだったろうか。
 わしは先生が教授を連れて帰ってくるのを待った。5分かな、そ
れとも5秒かな。とにかく長い時間ではなかったが、その時のわし
には十二分に長い時間だった。わしは矜持と先生の名を呼んだが、
蛾屋敷の裏口の黒い四角の奥からは何も返事が返って来ないんだ。
もう屋敷の家人に知られてもいいと思って大きな声で叫んでもね、
いっこうに返事がないんだ。
 わしは急に逃げ出した。その場には一秒も居られないと思った。
右手に強く教授の眼鏡を握ってね。
 そう、これがその時の眼鏡だ。レンズを変えてはいるけどね、縁
は教授の使っていたものだ。大人用に一度打ち直してもらったのだ
けどね。そんなに話をしながらずっといじっていたかな。
 それで、そのあとどうなったかというと、わしは自分の家へどう
にかたどりついて朝まですすり泣いていた。それから一月は尋常な
状態ではなかったね。
 教授は結局見つからなかった。今でも見つかっていない。警察が
来て屋敷や周辺を捜索したと思うんだが、実は何も知らないんだ。
 もしかしたらわしには結果が知らされていないだけかもな。
 先生は翌日に山の中を歩いているのを村の人に見つかった。
 やつはあれ以来、赤ん坊みたいになってしまってね。言葉もしゃ
べれないしうまく立って歩くこともできない。今でも生きてるよ。
戦争の時に病院を移されてわからなくなってしまったけど、昭和30
年の冬に都内の精神科の病院に入院しているのを見つけてね。それ
以来、毎月会っている。何十年たってもまだわしの事を覚えてくれ
ないのだけれどね。ただ、夜に明かりを消すと泣き叫ぶのでいつも
つけてもらうようにしている。
 そういえば、蟹太くんはわしが明かりをつけたままでないと眠れ
ないのを知っていたね。
 本当の話? さあ、どうかな。
 これは怪談だからね。少しは涼がとれたのならいいが。





このページのTopへ戻る

蟹通トップページへ