・本の話/4つになるのか



転校暦48年3月、25階のF島で発見された手記


 わが命運尽きるとも、夢は後進に継がれると信じる――。
なんてガラじゃあないな。世界の謎はまだまだ多く、全貌の
1%でも人が知っていたら奇跡だ。だが、別に俺の後に続く
やつにその解明をやっつけてもらいたいとも思わない。
 俺は、ここに飛ばされたみんなのために探検しているので
はなく、ただ俺の目で誰にも知られていない場所を見て、俺
の足で俺の体をそこに運びたかっただけで――、
 つまりはガキか猫みたいな好奇心があっただけかな。
 傷の痛みがひどくなってきた。アドレナリンが切れてきた
らしい。つうか傷とか言うレベルじゃねえだろ俺。
 ああ、この高校には、探検部があったから入ったんだよな。
昔から探検がしてみたかった。洞窟に潜ったり、地図もなし
に密林の川を遡ったりとかな。まあ実際やってみたら、思っ
ていたのとはずいぶん違ってたが、どんな業界でもだいたい
そんなもんだろう。とにかく探検部に入りたくてこの高校に
入ったわけだが、まさかその高校がこんなに広く高くなって
しまうとはね。
 それでも俺は幸せだったのだろうな。
 転校してみりゃあ、世界の9割以上は未知未踏で、しかも
好きに探検ごっこをしてりゃあみんなが誉めてくれるんだ、
もしかしたら、俺に限って言えば、転校で奪われたものより
与えられたもののほうが多いのかもしれない。
 奪われたものが多すぎた奴らは悲惨だ。中学生のときから
弁護士になりたいと言っている奴がいた。早稲田の法学部に
入るために一年のときから予備校に通ってな。そんでもって
いきなり法律もクソもない世界に飛ばされちまった。
 転校直後のひどい状態、あのときに、人が日本国の法律を
少しでも考慮していたとは思えない。俺も含めてな。
 つうか元の世界でデーモンとの契約罪なんてのがあったら
笑えるな。警察より医者が来たりしてな。
 弁護士になれなかったとはいえ、その後の奴は生活委員会
で立法の仕事をしてるから、まだマシなほうだな。理系で、
何かシステムエンジニアだかそんな感じのことがやりたいと
言ってた奴、あれはこのあいだ酒を飲みすぎて死んじまった。
ほとんどいつも酔っ払っていたようなものだし、肝臓も駄目
になってたと聞く。せっかく二度の戦乱を生き延びてきたっ
てのにな。
 夢や目標を持ちすぎるのも考えものだな。それを奪われた
人間ってのは無残すぎる。
 そんな奴らにとっては、あの日、あの転校の日は――
 世界が変わったのではなく、世界が終わっていたんだ。
 なんだか体が冷たくなってきた。
 気づいたが、俺もさっきので世界が変わったんじゃなくて、
終わってしまったんじゃなかろうか。
 探検中に死ねるなら本望かもしれない、どうせ布団の上で
静かに死ねるとは思っていなかったしな。いや、それも嘘だ。
俺は布団の上だろうが洞窟の底だろうが、どこかで死ぬだな
んて本気で考えもしなかったのだな。
 俺は馬鹿だ。遺書くらい残しておけばよかった。
 うん、いろいろあったな。転校してからの事件が強烈すぎ
て、転校前の人生が夢か何かのようだ。転校してからはいろ
いろあったな――。
 最初はひどいものだった。みんな何がなんだかわけがわか
らなくてな。食い物もなかった。先生たちがみんなをまとめ
ようとして――先生――。あまり思い出したくない。
 結局、何がきっかけだったのかわからないし、他の奴らも
思い出したくないだろうな。体育館にみんなが集まったとき、
暴動が起きて――。あのときはみんなまともじゃなかった。
教師だって全員がああじゃなかったはずだ。いい先生だって
いたんだ。パン的ってのはあれを言うのだな。
 ひどい騒ぎだよ、本当にひどい騒ぎだった。あのときにで
きた父なし子だってかなりいる。押川さんのところにも一人
いたな――。
それで、そのあと、だれかが屋上に上がろうとして五階以上
を見つけて――、俺たちもあとにつづいた。非常口の外には
何か別のところがあるって、そいつが言って、でも、あいつ
も結局ティーンズで怪異に斬られて死んでしまった。名前も
聞いてなかったのにな。
 本当に校舎が変わってしまったのを実感したのはあの辺か
なあ。食い物も見つかって、それでもみんなはしばらくして
また騒ぎをはじめやがった。ちゃんとした組織を作ろうとす
る奴らとか、どうでもよくなって好きにやろうというやつら
とか、いろいろ分かれて戦争ごっこだ。おれはあんまり興味
が無かったから校舎のことを調べていた。ティーンズの迷宮
を探検しまくって、おれは関係ないっつーのにちょっかいを
かけてくるやつらがいるから、おれはしかたなくデーモンを
呼び出して――。ああ、ロノベ、ロノベ、あんた、あれから
ずっとおれと一緒にいてくれてるな。ありがとう。孫六もな。
あんまり見返りのできないおれですまないなあ。
 そう、校舎だ。校舎は絶対にきずがつかない。窓ガラスも
蛍光灯も、どんな馬鹿力で叩いてもかすりきず一つつかない。
なんか図書委員の奴が時間が止まってるのかもって言ってた。
時間が動かないと作用反作用の結果も進行しないとか、さわ
っても冷たくも熱くもないのは、熱の移動も進行しないから
だとか――。ただ可視波長の光だけは普通になるとか――。
 まあみんな仮説だ。でもな、こんな面白いことがまわりに
たくさん発生したってのに、みんなは馬鹿みたいに戦争なん
かやってた。戦うのが好きだったんだな。おれは押川さんの
おかげだと思うが、まあ最初の戦争は終わった。戦争のあと
も戦争の残りものはある。三鷹弓と園田麗花の話なんてのは、
あれは悲しい話だ。何人も子供が生まれたし、死んでしまっ
たのもいて、母も子もだ。ひどい話だ。押川さんのところの
子供もそうだ。希望くんな。もう中学生になるのかな。
 そのあと、なんとか平和になったと思ったらまた戦争だ。
押川さんと見田さんはまた戦うことになった。あの二人は、
本当にともだちだったのに――。それから、生徒会側のやつ
らが百人ぐらい上のほうへ逃げて、でも会長の和泉志麻と、
副会長の加賀明一は行方不明で、それで、みんなおちついた
ものだ。ここで生きていくと決心したやつらがおおくなって、
結婚とかしだして、まあおれもそのときに奥さんをもらった
のだけど。ただ、西暦や年号やらを転校暦にするとかいう話
はどうかと思うな。おれたちがもともとどこにいたかを忘れ
ないためにも、西暦は使いつづけるべきだとおれは思うのだ
けど、まあこっちで生まれた子たちが大きくなれば、おれな
んかは古い人間になってしまうのだろうな。
 そう、おれたちはもう完全にこっちに定着してしまったよ。
二度目の戦争の前に文芸部のなんとかってやつが書いた本、
あれは元の世界の家族とかがおれたちのいなくなったのを悲
しむとかいう内容だったけど、それはつまりおれたちの悲し
みであったわけだ。おれたちがいなくなったあとの元の世界
はどうなっているかという仮説もいろいろあったな。移動し
た分だけぽっかりと穴があいているとか、おれたちの学校の
他の学校もこことは別の世界に行っているのかもしれないと
か、いやこちらにきているのはコピーだけで、元の世界では
元のおれたちが別の暮らしをしているのだとか、実はこの世
界はだれかの精神世界だとか、まあ仮説だ。
 仮説は仮説で面白いんだが、ここがだれかの空想だとか夢
だとかは思いたくないな。おれたちは現実に生きているのに
おまえの人生はぼくの空想でしたとかとか言われたらへこむ
というかムカついて創造主を孫六で刺しかねんぞおれ。
 そういえばそんなゲームもあったな。電算室のパソコンで
あそべるやつで、たしか名前はビブリオミュトスだ。電算部
のだれかがつくったのだとはおもうが、やつらみんな知らな
いって言うしな。おれたちとよく似た状況の設定で、かつて
いた世界を奪われたふくしゅうみたいな話で。
 ああ。おれもう駄目だな。止血したとはいえ、左足一本を
食われちまって、ボートだってこなごなだ。近くの島まで泳
げるか疑問だ、この台風が収まったとしても。
 台風――。
 台風とはよくいったものだ。タイフーン、typhoon、
テュポーン。嵐の神。化け物たちの父――。
 父。そう、おれは父親なんだ。善也。善也はもう――。
 4つになるのか。
 あまりいいおやでなくて悪かった。今のご時世だから、親
のいない子なんてのはざらだろう。おれなんかがいなくても、
かあさんといっしょに、ちゃんと生きてほしい。
 わが命運尽きるとも、新たなる命、煌く――。
 ってのはなんのフレーズだったか。何かの本のおびの文句
だとおもったが――。
 本。本といえば、いまも一冊もってきてあるんだ。こども
のころ好きだったゲームブックで、たまたまてんこうのとき
に学校にもってきてたやつ。たんけんのときにはときどきも
ってくるんだ。
 ロノベ、どこにあるかおぼえてるかい。
 ああ、そうだった、ありがとう。でも出すのがおっくうに
なってしまった。うん、出だしの文をおぼえてるからもんだ
いないよ。1のさいしょはこうだ。

「復活は耐えがたい苦痛の中で行われた。…………」 



	


本の話の第四話です。 続きが出るまで半年近いというのはどうなんでしょうか。 それより、こんな好き勝手やってていいのでしょうか。 僕の抜け毛量の増加は止まらないんでしょうか。 抜け毛……抜け……ウヒィィ(変な声で)。


     
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