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・メルヒェンのひみつ
登場人物紹介

博士 ・ 蟹太くん ・ 通子ちゃん ・ (発音不明)
博士 :何でも知ってる偉い人。
今回はいさましいはげの辞書。
蟹太くん :好奇心旺盛な少年。わりと頭が悪い。
今回はいさましいちびの少年漫画。
通子ちゃん:蟹太くんの友だち。わりと性格が悪い。
今回はいさましいわるの少女小説。
尿路結石 :病名。尿管結石とも。
腎臓にできた結石が膀胱への経路に詰まり
激痛を引き起こす。血尿をともなう。
今回はいさましいいしの週刊誌。
書籍たち、脱走を企てるのこと
少年漫画「おい。みんな、聞いたか。」
少年漫画がいきせききって部屋に飛び込んできました。
この少年漫画は、ご主人が子供のころにおこづかいをためて、は
じめて買った記念の本なのですが、ここ数年というもの触れられ
たこともないのでした。少年漫画はひそかに、ご主人はぼくのこ
とを忘れているのではないかとまいにち心配になっていました。
辞書 「いったい、どうしたんじゃ。」
辞書が言いました。辞書は本たちの中で一番落ち着いて一番物知
りです。年寄りぶって若い本たちに説教をしたがるのがたまにき
ずですが、それもそのはず、辞書はご主人が中学校に入るときの
おいわいに、ご主人のお父さんがじぶんの学生時代に使っていた
ものをプレゼントした本だったからです。あちこちすりきれて装
丁がはげてはいるものの、最年長のかんろくは充分です。
少年漫画「それがたいへんなんだ。ぼくたち、次の廃品回収で、
ちりがみと交換されてしまうらしいぞ。」
少女小説「なんですって。それはたいへんだわ。」
少女小説がほんとうにたいへんそうに飛び上がりました。なぜな
ら、本にとって、廃品回収にだされてちりがみと交換されるとい
うことは、ほんとうにたいへんなことだったからです。
辞書 「なんということだ。知識の宝庫、言の葉の繁る大樹た
るわしが、あのドブネズミのようにまいにち生まれて
消えてゆく新聞紙や、ブタのように低俗な週刊漫画誌
どものように、廃品にだされてしまうとは。」
辞書がまるで火のついたように怒りだしました。
少年漫画「それはすこし言いすぎじゃないのかな。」
少年漫画がたしなめます。少年漫画は、辞書の言うブタのように
低俗な週刊漫画誌のれんさい漫画をまとめた本なので、正直なと
ころカチンときました。でも、少年漫画は辞書が漫画に理解のな
い時代に生まれたことを知っているので、あまり怒らないことに
しました。それに、辞書だって急にたいへんなことを知らされて、
気がどうてんしているにちがいありません。誰だって、そういう
ときは他人に気が回らないものです。
辞書 「言いすぎなものか。」
辞書はカンカンになって怒っていましたが、少女小説がとりなす
ように話しかけます。
少女小説「まあまあ。まだ本当に捨てられると決まったわけでは
ないのでしょう。」
辞書 「うむ。そういえばそうだ。」
ところが少年漫画は首を振ります。
少年漫画「それが本当なんだ。ぼくは、ご主人が話すのを聞いて
しまったんだ。」
そう言って少年漫画は下を向きました。いつもひっさつわざの名
前を元気にさけんでいる少年漫画が沈んでいるのを見て、辞書と
少女小説は廃品ゆきが本当に決まってしまったのだと悟りました。
辞書 「ああ。思えば、わしも長く生きてきた。きっと、世の
中にはわしの知らない言葉も増えたのじゃろう。わし
の代わりに、新しい言葉を知った新しい辞書がこの部
屋にくるのは、正しいことなのかもしれん。」
辞書がため息をつきました。
少年漫画「ぼくもずいぶん年をとってしまったな。ご主人だって
そうだ。もう、ご主人はぼくを読むような年齢じゃあ
なくなってしまったんだな。」
少年漫画もため息をつきました。
少年漫画「きっとぼくらはもうようずみなんだ。すずらんテープ
で縛られて、廃品回収にだされて、トラックで運ばれ
るんだ。そのときはいっちょうドナドナでも歌ってや
るか。」
少女小説「そうね。わたしたちはもう読まれることのない本だか
ら、ちりがみと交換されるのね。トラックで運ばれて、
再生紙工場に連れられるんだわ。新しい紙にうまれか
わるのも、悪くないかもね。ほかにもいっぱい集めら
れた仲間がいるだろうから、きっとさびしくないわ。
そのひとたちと一緒に細かく刻まれて、お湯でドロド
ロにとかされて、も、もう、なにが書いてあったかも
わからない、ほ、本だったのか紙くずだったのか――」
少女小説はぽろぽろと涙を流しました。
少女小説「わ、わたし、まだ一度も読んでもらってないのに――」
辞書と少年漫画ははっと顔を上げました。
そうでした。少女小説はご主人が子供のころにプレゼント交換会
でもらった本で、興味の無かったご主人はまだ一度も読んでいな
いのです。
辞書 「こぞう。」
少年漫画「じいさん。」
辞書と少年漫画はたがいにうなずきあいました。本として生まれ
たものにとって、誰にも読まれないまま死んでしまうなんて、こ
れほど残酷な運命はありません。
辞書 「ほら、泣くのをおやめ。きれいな白いページがふやけ
てしまうよ。」
少年漫画「そうだ。これからぼくらは、脱走するんだ。」
少女小説「――だっそう?」
少年漫画「そうさ。部屋を出て、玄関を出て、外に出るんだ。道
路を越えて、線路を越えて、遠くへ行くんだ。大丈夫、
ぼくは少年漫画だから、冒険はお手のものさ。」
辞書 「そうじゃ。雨がふったら濡れないように雨宿りして、
風が吹いたら飛ばされないように身を寄せて、旅にで
るんじゃ。どこか古本屋ののきさきに腰をすえて、誰
かが買ってくれるのを待つのもいい。どこかのバス停
のベンチの上にいれば、誰か本の好きな人が拾ってく
れるかもしれない。」
少女小説「そうね。捨てられた本を拾うほど本の好きな人なら、
持っている本を廃品回収にだすようなことはしないわ
よね。」
少女小説の顔が、少女小説らしい素敵な笑顔になりました。本た
ちのこころのなかに希望がわいてきました。うれしさのあまり、
少女小説はまたぽろぽろと涙を流しました。
辞書 「ほらほら、湿気はお肌の大敵じゃよ。」
そういう辞書の目にも涙が光ります。年をとった本は、涙腺がゆ
るくなるものなのです。
少年漫画「さあ、そうとなったら出発のじゅんびだ。本を捨てる
ご主人なんか、知るものか。」
少年漫画も、これからの大冒険におもいをはせ、胸がわくわくし
てきました。そのときです――
足音がしました。ご主人の足音です。それを聞いたとたんに、そ
れまでうかれていた本たちは、ぽとり、ぱたりと倒れ込み、うん
ともすんとも言わなくなりました。本たちはけっして人の前では
動きもしゃべりもしないのです。これは、本たちの習性――とい
うよりも、ぜったいに破ることのできないきまりなのです。あな
たも、本たちが動いたりしゃべったりしているところを、夢の中
でしかみたことがないでしょう? ですから、本たちは、たとえ
ば自分たちが今から廃品回収にだされて本ではなくなってしまう
と知っていても、人の前では動くことができないのです。
本たちのご主人は、いらない本を廃品回収にだすために、黄色い
すずらんテープとハサミを持って、部屋にはいってきました。そ
して、読まなくなった本をテープでしばろうと、手に取りました。
――辞書を手に取ったご主人は、中学校に進学して、ぶかぶかの
学生服を着た入学式の日を思い出しました。その日、ご主人のお
父さんは、この辞書をくれたのです。
――少年漫画を手に取ったご主人は、自分のおこづかいではじめ
て漫画を買った日のことを思い出しました。買いたい漫画が売り
切れていたので、その日はとなりの町の本屋さんまで、自転車で
大冒険をしたのです。
――少女小説を手にしたご主人は、プレゼント交換会のあった、
さよならパーティーの日を思い出しました。子供の時に引っこし
をしたご主人のために、そのときのクラスのみんながひらいてく
れたのです。
ご主人は手に取った本たちをもとの場所におさめると、黄色いす
ずらんテープとハサミを持って、部屋を出ていきました。
それで、本たちはご主人をかんべんしてやることにしたのです。
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