本の話/6秒ジャスト
コードウェイナーは猫が好きだ。猫もコードウェイナーが好きだ。
理由。理由はある。歴史だ。
今から50年ほど前――つまり大昔。全階を支配していた校帝が殺され、
帝国が滅んだ。千年ものあいだ世階を統治していた帝国がすっかり解体されるのに
10年もいらなかった。貴族たちは没落した。全ての階は自治を宣言した。
帝国が滅びた原因はいろいろあったが、
そのなかの一つにカタリ派の活動があったことは確かだ。
カタリ派。名前の由来は諸説紛々、どれも本当らしいしどれも胡散臭い。
始祖の名前が「語」だったとか、そいつが救世主を騙ったからだとか。
とにかく、カタリ派は帝国時代のただ中にあって、階上の権威を否定し、
肉と物質を否定した。カタリ派が信じるのは理性と霊のみ。
この世の空間にあるものは全て悪、数字と思索のみが真実。
よくある狂信集団。それがカタリ派だ。現世の生活がつらいときには、
必ずこういった思想が現れる。
転校前の歴史をひもとけば、一向宗もそうだし、アルビジョワ派もそうだし、
グノーシス派もそうだ――と、ある隻眼の賢者は語ったが、それは別の話。
とにかくカタリ派には「カタリ派」という立派な名前が付いてしまった。
名前が付いてしまったからにはそれなりの現象も起こる。
いつしか「カタリ」と「猫――カトゥス」には名前の混同が発生し、
猫はカタリ派のシンボルになってしまった。
偶然。語呂合わせ。そういう見方もあるだろう。だが、人が自分の忌名を
後生大事にして他人に知られないようにするのはなぜか。
そうだ、カタリ派と猫とのあいだには類似現象――ホメオパシィができてしまった。
だからカタリ派は猫が好き。
そのカタリ派は帝国時代にあって、人々に帝政が絶対の価値ではないと示した。
そして帝国の迫害のなかで身を潜めながら、独自の研究を進めた。
それまで帝室が独占していた高度な魔術とデーモンの利用法を、
転校初期の文献を元に別のやり方で手に入れた。
それが電気と数字を使うやり方。
もともと術者の精神領域内で行われていた作業を、電気と数字に肩代わりさせよう
という寸法。なにしろ両方とも「現世に三次元的な場所を持たない空間」なのだから
似たようなもの。それまで必要だった「身口意」のうちの「身口」――つまり「かたち・ことば・おもい」のうちの
「かたち・ことば」を機械にまかせてしまうというのだから、これは大発明だ。
とはいえ理論は理論。初期のカタリ派の技術はてんでお粗末。帝国滅亡の気運を
高める要素の一つにはなったかもしれないが、人々の中で主流を占めるにはいたらなかった。
だが、技術は進歩するものだ。
校帝が死んで50年が経ち、技術は進歩した。カタリ派はとうに忘れ去られた歴史だが、
電気と数字で魔術とデーモンを利用する技術は残った。残ったし、人々の生活に深く浸透した。
まあいってみれば革命だ。なにしろそれまではバラバラだった個々の魔術が電線一本で繋がってしまう。
修行を積んだか素質があるかした一部の人間同士だけができたことを、細いコードがやってしまう。
しかも、人間の脳活動というものは、大雑把に言えば電気で置き換えられる。
それを利用しない手はない。電線によって新たに出現した空間のない世階に自分の脳を繋げて直接に操作する
人種だって出てくる。
結線野郎。コードウェイナー。
そういった言葉で呼ばれる者たちは、つまりカタリ派の伝統を一番深く受け継いでいるわけだ。
カタリ派は猫が好き。だからコードウェイナーは猫が好き。
自分を好いてくれるものを好きになるのは必然で、だから猫もコードウェイナーが好き。
そして、クロマはコードウェイナーだから猫が好き。猫もクロマがコードウェイナーだから好き。
それでクロマは困っていた。
猫がクロマのたたんだ足下にすり寄って、「ニャア」と鳴くからだ。
#6
クロマは合成樹脂でできた箱を積み上げて小さな隠れ家を作り、そこに身を縮めて隠れている。
密航者だ。少なくとも出航まで、できれば港から十分に離れたところまで――発見されても放り出されない
距離まで――隠れていたい。
ところが猫がクロマのたたんだ足下にすりよって、「ニャア」と鳴く。
参った。
「なんで猫がいるの……」
クロマは呟いて猫を抱きあげる。柔らかい。三毛猫。メス。本物。
猫は抵抗もせずにクロマの腿と腹のあいだに収まる。
猫らしくあらぬ方向を見たまま、身体の力を抜いて落ち着いたかと思ったところで――やっぱり「ニャア」。
参った。
猫の口をふさごうかとも思ったが、クロマは猫が好きなのでそれもできない。
猫は思い出したかのような間隔でニャアニャア泣き続ける。見たところ倉庫の中で、
人の出入りが多いようには思えないが、入ってきた場合、猫の鳴き声に不審がって誰かが隠れ場所に来るかもしれない。
たとえ猫がいなくとも探知装置で見つかる可能性はある。赤外線。感圧板。動体監視。光学捜査。言霊計。警報呪。
考えてみればこの猫だって、見かけない人間にすり寄って鳴くぐらいのしつけはされていて、
立派な警戒要員だということだってありうる。
なにしろ相手は玄人。玄人の回収屋。
自由落下船に乗って島から島へと渡り歩く、7階の仕事人。
抜け目ないに決まっているのだ。
だから、せめて出航まで――とクロマは考え、そこでとあることに気づく。
船は出ない。
出ないからこの船に乗ったのだ。
猫の脇の下を両手で掴んで顔まで持ち上げ、柔らかい毛並みに頬をうずめる。
「俺は馬鹿だ」と口に出す。
応えて猫が「ニャア」と鳴く。
そして――
「馬鹿なのは判った」
クロマは回収屋に見つかった。
#6
出航前の自由落下船の操舵室。並んだ計器類。二つの耐G座席。自由落下船独特の、循環空気の匂い。
いくつかの液晶盤は船内を写し、正面の大きな一枚は島の気閘を写す。
そして、人が4人に猫が一匹。
一人目は巨漢だ。身長は190cmあまり。脂肪のあまりないゴツゴツした身体にゴツゴツした頭部が
載っている。左腕の肘から先と右腕の肩から先はもっとゴツゴツしていて、これは一目で義腕だと判る。
右腕の義腕のほうがふたまわりは大きいため、ある種の蟹を連想させる。今の時代、人体に酷似した義肢など
簡単に作れるだろうに、あえて金属と合成樹脂むきだしの不格好な腕をぶらさげているのは――
虚勢か、実益か、それとも趣味か。
名前は阿部林時――とクロマは教えられた。倉庫でクロマを見つけたのは林時だ。
ごつい右腕に抱えられて気閘まで引きずられながらクロマはわめき、わめいた言葉の内容が林時の進行方向を変えた。
林時は無愛想な顔面に無愛想な表情を浮かべ、無愛想な口振りで操舵室の仲間にクロマを引き合わせた。
「冗談」
と二人目の人物――女性だ――が言う。黒のノースリーブにインディゴのデニムジャケット、デニムのホットパンツ。
がっちりとした黒革のブーツは堅そうなラバー底、蹴られたら痛そうだ。
表情は――額の部分に鉄板を留めたデニムのキャップが目深に下ろされているので、よくわからない。
声は不機嫌そうに聞こえるけど、いつもこんな調子かもしれない――とクロマは思った。
「探検ごっこはお終い。帰りな」
と女性はクロマへ帽子のつばを向けて言う。年齢不詳。たぶん二十代。だが十代でも三十代でも納得できる。
やっぱり不機嫌なのかな、とクロマは思う。
「なんでこのガキ追い出さないのさ。林時」
女性はクロマを向いたまま阿部林時に言う。
「アンリ。この少年はコードウェイナーだと言っている」
林時が無愛想に応え、女性――アンリが不機嫌そうに返す。
「ハ、探検家気取りじゃなくて結線気取り。ほんと冗談」
そこへ三人目の男が口を挟む。
「うしろ首にコードジャックあるで、コードウェイナっつうはマジモンじゃねえの」
39階生まれ丸出し。言葉使いもそうだが、みてくれもそう。着崩した枯葉色の制服。
浅黒い肌に彫りの深い顔立ち。短く刈った黒髪はまるで針金。年は若い。
色が黒いので白目が目立ち、視線が強い。クロマは若者の視線が向けられたので、
思わずびくりと動く。視線に物理的な圧力があることは、すでに証明されている。
「メーサン、まっことコードウェイナけ」
強い視線に押されてクロマは「うん」と返事をする。返事をしてから、
「うん」では子供っぽいから「ああ」とかにしておけばよかったとちょっと後悔。
「だからどうだっての。このクソ大変な――」
アンリが言いかけてやめる。
「いや、いい。この少年は知っている。だから来た」
林時が言う。
「そう。あんたたち、コードウェイナーが死んじゃったんでしょ……。
だから、俺、代わりに使ってよ」
三人の回収屋の視線がクロマに向いた。
#6
操舵室にいる四人目の人物は、名を綿貫黒丸、ハンドルをクロマといった。
14才の少年で、メスの三毛猫を抱えていて、リノリウムの床にあぐらをかいていて、
そしてなによりもコードウェイナーだった。藍染めのTシャツと黒いデニムジーンズと
白いデッキシューズを身につけていたが、なによりも身を鎧っているのはコードウェイナー
としての自負だった。
「メーサン、なんでそれっこと知っとる」
39階の男が言う。
「コードウェイナーだから」
「それじゃ答えになんないのよ」
相変わらず不機嫌そうに言うアンリ。答えてクロマ。
「うん。まずね……。あんたたち、三日前の1632時にこの島へ着いたでしょ。
それから、一仕事した。持っていったのはたぶん歴史もののやつ。本、ていうの……。
でも、昨日の繁華街で起きたドンパチでコードウェイナーが死んじゃった。
それで困ってる、ね……。船が出られない。コードウェイナー、いるでしょ」
コードウェイナーに独特の口調。抑揚に乏しく、言葉はぶつ切りに近い。疑問系は音が上がらずに下がる。
それで林時は信じたらしい。
「なんてこった。俺たちの隠蔽行動はザルか」
「いや……。たぶん俺だけ。俺はこの島、隅まで知ってるから。入港は正規だから誰でもわかるし。
盗り物の場所の監視ログの更新時間がいつもと違ってたり。あと警察の履歴も。
あそこには俺が細工してたから、削除して上書きしても俺は読めるの。
繁華街のドンパチのあと、コードウェイにそれらしい接触がなくなって、
裏経由で宇宙葬やったのがわかったし。回収屋は島で死んでも宇宙葬って、
本当なんだね……」
「ブッたまげ」と39階の男。
「メーサンは腕っこき」
「どうだか。ガキよ。誰かに使われてるだけかも」
「いや、アンリ。こいつを使う理由がない。どのみちこのままでは俺たちはお縄だ。それに――」
と林時。
「――コードウェイナーに歳は関係ない。凄腕が実はガキだってよくある話だ」
アンリは帽子の下から見える鼻と口だけで微妙な表情を作る。
「確かに。いいさ。にっちもさっちも行かなかったんだ。ガキ、何が望み」
「別に……。回収屋になりたい。それだけ」
三人は顔を見合わせる。
「いいさ。ま、とにかくあたしらにゃコードウェイナーがいない」
#6
四人と一匹は操舵室を出て、船室の一つに向かった。
船室の中はえらく殺風景。ベッド代わりのソファとクローゼット、小さい冷蔵庫。
そして手製のデッキ。何枚もの基盤と増設した機器がケーブルにからみつかれて、
市販のデッキとは較べようもないほど不格好。だが、クロマの目にはそれがまるでかわいい
子猫のように映る。
「すげえ……。来月発売のCSU。それに製造中止のイリュージョンボード、
こいつはピーキーだけど、確かにこっちのレセプタ使えば安定するし、
メモリはいったい何百ギガ積んで――」
「メーサン、おもちゃ眺めんの後にしとけ」
と39階の男――州谷昴がクロマを止める。
「状況はわかっているな」
林時がクロマに確認する。すでにクロマはプラグを延髄のジャックへと持って行っている。
「うん……。盗られた物はヤバいから警察には知らされていない。
でも敵さん、港湾管理局にはコネがある。この船は出航できない、ね……」
と言いつつクロマは機械と自分を接続。そこへ道成寺アンリが尋ねる。
「未成年。手術はどこでやったの」
デッキに灯を入れる。CSUが電気を喰って起動呪式を詠唱。
デッキに接続された機器と、記憶された電磁的・霊的な論理、その全てを賦活する。
冷却ファンが回転し、低く放熱呪文を唱えはじめる。
「闇医者。去年。仕事で稼いだ金」
デッキの対人インターフェイスとクロマの脳内の対物インターフェイスががっちり
組み合い、相互に言霊を交換。接続は完璧、起動だってクロマの家の市販品より何倍も速い。
「よし。駄目もとだ。頼むぞ、まずは港湾管理――」
林時の声が聞こえるが、すでにクロマは全感覚没入していた。
#6
AD1172/08/29/19:25:13。時刻が視界の隅に瞬く。
コードウェイ。人と物が織りなす共同幻想。距離はなく、時間はあやふや、
とても綺麗でとても気味が悪く、まるで人が生まれる前か後にいるところ――
「飛野明平のデッキにようこそ。飛野明平ではない人」
――つまり異界。異界には異界の住人がいる。
クロマは狭く無機質な部屋にいて――そのような感覚を与える状況にいて――
一人の少女と対面していた。カーキ色のワンピース。クロマと同じような年齢。やせ型で、ごく普通の容貌だが、
クロマにはどこかで見覚えがある。
ふと考えて、自分に似ているのだと気づいた。痩せて、姿勢が悪く、猫のように無表情で、
つまりコードウェイナーらしさがぷんぷんする。
そしてもちろん、クロマ自身も仮想空間に立っている。外の世界とまったく同じ服装。
自分のデッキとは較べ物にならない鮮明さ。
「わたしはTA。あなたは……」
少女が言う。
「俺……。俺はクロマ」
「そう……。ハンドルはクロマ。クロマはなぜ飛野明平のデッキに没入したの……」
飛野明平は昨日死んだコードウェイナーで、このデッキの持ち主か、とクロマは思った。
するとこの少女は、飛野明平の使っていた模擬人格、お手伝いさん。
「飛野明平は死んじゃったから。俺が代わりにこのデッキを使って仕事をするんだ」
少女の形をした論理構造体は少し首を傾げた。
それは、まるでコードウェイナーが他の仮想空間/現実空間/データビューワに意識を向けているような仕草だった。
「そう……」
そしてTAが言う。
「じゃあ、クロマの忌名を教えて。このデッキは死んだ飛野明平の忌名でロックされてるから、
わたしが使役者をクロマに書き換えてあげる」
自分の忌名を人に教えるなんて妙な気分だ、とクロマは思うが、使役者の新規登録ならば通常の対応だ。
「ゐのはばきひこ」
「チェック。新規使役者ゐのはばきひこ。オーバー」
文字にして七文字、たかだか28バイトの情報。だが、クロマこと綿貫黒丸の忌名ゐのはばきひこはデッキに
食い込んだ。クロマとデッキは霊的に接続された。
「それではクロマ、あらためて綿貫黒丸のデッキにようこそ……」
クロマの周囲が一変する。無機質な部屋は拡大し、一つの家になった。
いくつもの部屋と通路、階段で結ばれた一つの家。だが、クロマはそのイメージをそのまま受け入れない。
イメージの変化は、単独で稼動していたデッキが船の機器と繋がっただけのこと。
データはデータ、それ以上でもそれ以下でもない。データを視覚や聴覚ではなく、
データそのものとして知覚する――それがコードウェイナーだ。デッキを叩いて喜んでいる一般人とは違う。
「じゃあ、まずはこの船がどうなってるか見てみようかな……」
「チェック」
クロマが言うとTAがすかさずサポート。速い。クロマは即座に船内コードウェイを把握した。
エンジンに灯は入っている。いつでも飛び立てる状態。空調も重力呪文も完璧。
クロマが忍び込むときに残した右舷第2気閘の仕掛けが目立つ。
コードウェイナーがいないと思って杜撰な仕事をしすぎた。あとで直そう。
倉庫――には言霊計が設置されている。クロマの独り言を聞きつけて林時がやってきたのだろう。
飛野明平の船室――にも計器がいくつか。この部屋はクロマの権限で覗けるようになったので、
ちょっと見てみる。クロマの視覚に映像窓が現れる。
重サイボーグの巨漢。阿部林時だ。道成寺アンリは、熱分布から全身義肢だと知れる。
州谷昴はほとんど生身。床にあぐらをかいてうつむいている少年の延髄からは、
コードが伸びてデッキに繋がっている――クロマ自身だ。三毛の猫がクロマの膝の上で丸くなっている。
「なついてる……」
TAが宙に浮かぶ映像窓を反対側からのぞき込んで言う。
「コードウェイナーだから……」
クロマは多少の誇りを込めて言うが、コードウェイナーなので言葉の含むニュアンスは微少。
さて、それより仕事だ。デッキの性能はだいたいわかった。TAのアシストも申し分ない。
クロマはTAに外線を繋がせる。船の通信装置経由で、港湾管理局にアクセス。
やっぱり出航許可は出ていない。
それならばと、クロマは自分の家から仕事用のデータベースをダウンロード。
あらかじめ用意していたアドレスを検索、選別してフリップする。
独身の銀行員の自宅。仕事上の必要から24時間コードウェイとリンクしているが、
危機管理意識が薄いので侵入し放題。銀行へ行って顧客リストから港湾管理局員の情報をいくつか
ピックアップ、念のためさらに三つばかり民間人の自宅を経由して人材派遣会社へ。
もちろん途中の痕跡は消し、警報を撒くのも忘れない。
人材派遣会社の社内LANを掌握して、そこから港湾管理局へアクセス。
通常のメールに噛ませて管理局員の権限で侵入を試みるも、失敗。
ゲートデーモンに不審がられた。まずい。
ゲートデーモンが港湾管理局のコードウェイナーに警報を発する前に単純なループ処理を喰わせる。
デーモンが処理のループに気づいて中断破棄するあいだに次々と同様の引き延ばし処理を与えるが、
いたちごっこだ。デーモン並みの論理思考速度を持つTAにデーモンの相手をさせ、その隙に知り合いと連絡を付ける。
「炉ヱ。いる……」
ほどなくして返事がくる。転校時代風青年の映像がクロマの目の前ににじみ出る。
「クロマか。620853秒ぶりだな。どうした……」
「この前話してた鍵束、くれない……」
少し沈黙。炉ヱは左腰の刀の柄をいじる。
「交換だ。君は7階校舎島に強かったな。あそこの階営義肢工場の来期設計プランが欲しい」
「お安いご用。場所はいつものところでいいよね……」
クロマは瞬く間に目当てのものを手に入れ、17階の三流大学のサーバーにデータを置く。
先に置いてあったプログラムをデッキにダウンロードし、痕跡を残さずに退去。
港湾管理局に戻ってみると、TAとゲートデーモンの論理勝負は膠着している。
そこへ炉ヱからもらったプログラムを走らせる。ゲートデーモンはクロマを正規の利用者と認め、
笑顔で道を譲る。
中へ入ればあとは簡単。気閘の一つに待機している、とある自由落下船の出航希望は何の問題もなく
認可された。空気を抜いて気閘が開くまであと五分。関係各位に退避命令が出される。
AD1172/08/29/19:25:19。
没入から6秒ジャスト。
#6
「――だ。やれそうか?」
外に出ると、まだ林時の話が続いていた。
「終わったよ」
#6
出航は無事終了。自由落下船は島から飛び出し、7階の宇宙世界を渡る。
重力のない空間にプラズマ噴流が吐き出され、光の帯を残す。
「しかし、えらく速かったな」
と林時。操舵室の座席に座って戦利品の本を眺めながら、カメラに向かって話しかける。
話しかけられたクロマは飛野明平の船室にいて、デッキを通して操舵室の映像と音声を拾っている。
まだ新しいデッキが面白くてしかたがないのだ。
「TAが手伝ってくれたから……」
とクロマが操舵室のスピーカーから言う。そこで林時と操舵者の昴がぴくりと反応する。
アンリは自室にいるため、操舵室にはいない。
「メーサン、ぼうず、そりゃどういうこった。TAて」
「どうって……。論理構造物。デッキの中の。飛野……さんが残してくれた」
「クロマ。TAは、飛野明平のハンドルだ」
林時が本に目を向けたまま言う。
「ハンドル……。自分のハンドル名をお手伝いさんにつけたの……。変な趣味。
なんか構造物も俺ぐらいの女の子だし」
「それはたぶん飛野明平だ」
そこでクロマの視界にTAが現れる。律儀に操舵室の扉を開け、
林時の座っている座席によりかかる。クロマにだけ見える、架空の人間。
「そう……。わたしが飛野明平。ハンドルはTA。論理構造物だけど、三日前の時点の
飛野明平のほぼ完全なコピーよ。本物の私が死んだあとに起動するようになってたの。仲間を守るために」
「男……じゃなかったんだ。飛野明平」
「男みたいな名前で悪い……。クローゼットの中にはわたしの服があるわ。いじらないでよ」
クロマは延髄からコードを引き抜き、没出。部屋のクローゼットを開ける。
女物のワンピース。女子制服。その他いろいろ。
「いじらないでよ」
とTAがクロマの隣に現れる。
没入していないのに――とクロマは思ったが、すぐに気づく。
忌名。
「仲間をよろしく、ゐのはばきひこくん……」
クロマの忌名さえ掴んでいれば、船内用の無線通信網でもクロマの対物インターフェイスに侵入できる。
猫がクロマの足下にすり寄って「ニャア」と鳴いた。
クロマはため息をついて再びコードを接続、船内コードウェイに没入。
「やっぱり、本人だった。死んでもあんたらをサポートするってさ」
肉を厭い、論理と霊のみを好む。まさにコードウェイナーの鑑。
「おお。竜は砂に堕ちて身を残す。えれえこって」
州谷昴が嘆息する。クロマも再び嘆息する。
「大丈夫、必要以上に顔はみせないから……」
コードウェイのTAが言う。
「それと、プドレンカもよろしく……」
「プドレンカ……」
「猫」
「ああ……」
クロマは視覚を操舵室に転じる。林時は相変わらず本を見ている。
「それ、今回の仕事のでしょ……。なんなの……」
「本。歴史もの。転校初期のものだ」
そう言って林時はカメラに向け、開いた本を差し出す。
「「よし。卓球だ。卓球をやろう」……」
サイバーパンクです。サイバーです。
軍記調でサイバーパンクとかかっこよさそうだと思ったけど無理でした。
よって普通のサイバーパンク。ギャフン。
あとメガネがブッ壊れました。
セロテープで留めてます。視界が歪んでメガネ酔いします。