有限会社キャニッツのサイトへようこそ。
  • このページはログとして残っている古いページです。
  • リンク切れや、現状にそぐわない記述などが含まれる場合が御座います。
  • また過去の技術で作られたページもあり、きちんと表示されない場合も御座います。
どうぞご了承頂いた上でご覧ください

有限会社キャニッツ

最新の情報、コンテンツは
こちらからどうぞ

 
同人プロジェクト 会社概要 お問い合わせ
コンテンツメニュー レンタル掲示板 自動登録リンク集 各種ダウンロード 週刊蟹通(スタッフによる週一コラム)

本の話/8週間ものあいだ?




5月3日。

もうあの戦争――あえて戦争と呼ぶ――が終わってひと月以上が経った。
去年の9月1日に、なにもかもが滅茶苦茶になって、あれを戦争のはじめの日としよう。
そして、4月2日の、あの大団円で、戦争が終わったとしよう。
ちょうど半年ほど、馬鹿騒ぎが続いたことになる。
もちろん戦争が続くよりはいいけど、それでも今の状況が悪夢であることにかわりはない。
家に帰りたい。



5月4日。

25階に海があるので見に行った。
メンバーは、榎木くん、真名瀬くん、槍くん、梅村さん、わたし。
押川くんは、例の捨て子の世話があるとかで来なかった。残念。赤ちゃんも一緒に連れてくればよかったのに。
25階の海はきれいな海だったけど、なんだか作り物っぽくて気味が悪かった。
あの海には生き物がまったく住んでいない、という話を事前に聞いていたからかもしれない。
浜辺で、いなくなった人たちの話をした。案の定、泣いてしまった。
9月1日に1000人近くいた人たちが、今は500ちょっと。失ったものが多すぎる。
明日は子供の日。弓くんの誕生日。18になる。



5月5日。

やった!生きてた!



5月6日。

きのうは興奮してまともに日記が書けなかった。
実際、日記どころじゃなかったもんね。弓くんが見つかったのだ。
3月10日にティーンズの奥地へ出かけて、それっきりだったから、56日ぶり。
ちょうど8週間だ。
すっかり衰弱して、意識もほとんどないけど、それでも確かに生きている。
槍くんは40階に行って、大きな魚を3尾も釣ってきた。栄養をつけさせるためだという。
いつも口では色々言っているけど、やっぱり本当は弓くんが心配なんだ。双子の兄弟だもんね。
生徒会長の和泉さんと副会長の加賀さんも見舞いに来てくれた。
でも、あの人たちは別の目的がある。戦争後のギスギスした人間関係をやわらげ、 みんなの生きる希望を維持するために、弓くんの奇跡の生還劇を使えないか、という考え。
それを素直に話すあたり、やっぱり和泉さんはすごいと思う。
正直に話した方がわたしたちの反発が少ないということをわかっている。
槍くんなんかは、あれは人心を自分たちのがわにつけたいだけだと言っていたけど。
とにかく、ことを大々的にするのは待ってもらった。



5月7日

弓くんはまだ寝ている。 きのう魚と野菜ののスープを飲ませてから、ずっと寝ている。
本当はもっと栄養を取らせたいのだけど、たぶん、いっぺんに食べ物を食べたら体に悪いのだろう。

弓くんが自分の誕生日に生還したことについて、榎木君の意見。
わけの分からない怪異が発生し、魔術でデーモンを呼び出せるこの世界なら、 自分の誕生日という特別な日には何らかの幸運な事象が起きてもおかしくないのではないか――という話。
わたしは、この馬鹿馬鹿しい世界が嫌いだけれど、そういう奇跡が起こってくれるなら、少しは許せる。



5月8日。

まだ寝ている。二回ほど、スープを飲ませた。
寝ているあいだも、剣をしっかり抱いて離さない。
よほどつらい目にあったのだろう。



5月9日。

哀しい。気分が重い。
弓くんは言葉も話せないし、人の顔もわからない。
どうなっちゃったの?



5月10日。

確かに、今はまだ、友達の顔も、双子の弟の顔も、梅村さんの顔ですらも、 そしてもちろん私の顔も、覚えていないかもしれない。
でも、弓くんは絶対に治る。元に戻る。
看病を続けるしかない。
みんなは食べ物の調達や住むところの設営で忙しいので、 なにもできないわたしがやればいい。
病人や怪我人の看護なら、この半年でずいぶん慣れたつもりだ。



5月11日。

弓くんはまるで動物みたいだ。手負いの動物。
食べているとき以外はだいたい寝ている。 でも、物音がするとすぐに飛び起きる。すごく眠りが浅い。
いつも部屋の隅で丸くなって、剣を抱いて寝る。必ず部屋の入り口が見えるところにいる。
この人は、4人編成でティーンズの迷宮へ潜入して、8週間経って、一人で還ってきたのだ。
いったい、どんな体験をしてきたのだろう。
弓くんは、暗いと暴れる。明かりがないと眠れない。



5月12日。

前よりも固形物を食べられるようになった。
剣はあいかわらず離さない。
危ないので、とりあげようとしたけど、必死につかんで抵抗する。
男の子たちに手伝ってもらったけど、引っかいたり噛みついたりする。
あきらめよう。これ以上やったら、剣を抜いて大変なことになるかもしれない。



5月13日。

「アア」とか「ウウ」とか、言葉にならない音をしゃべるようになった。
進歩には違いない。快復の傾向があるのはいいことだ。
でも、正直言ってつらい。
人の口から、あんな知性のない音が漏れるなんて。
しかも、それが、あの弓くんなのだから。
また泣いて、みんなに心配をかけた。すぐに泣くのはわたしの悪いところだと思う。



5月14日。

子供だと思えばいい。子供になって、またやり直しているのだと思えばいい。
だから、ぼろきれと綿で、ぬいぐるみの人形を作った。
弓くんは、人形が気に入ったようだ。うれしい。



5月15日。

人形で一日中遊んでいる。見ようによってはかわいい。
たぶん、これが本来の弓くんの子供時代だったのだ。
空手をやってて、ぶっきらぼうで、男らしさにこだわっていた弓くんは、 そのユミなんていう女っぽい名前に反発しすぎたのだと思う。
昔の弓くんは、まるで男が笑顔を見せるのはみっともないとでも思っているかのようで、 実際そう思っていたはず。いつも仏頂面だった。
それでも、本当の弓くんは無邪気で優しかったのだ。
だから、攻撃的で尖ってた表面と、繊細で傷つきやすい内面のまざった、 ああいう男の子になったのだ。
そう、一卵性双生児なんだから、遺伝子的には槍くんと同じはずだもんね。



5月16日。

今朝、ちょっとした事件があった。
事件というか、まあその、弓くんも身体は若い男の子なんだから、いろいろあるよね。
ああいうときは槍くんに頼むことになった。
あいかわらず人形と遊んでいる。思ったより快復は早いかもしれない。


5月17日。

昼頃、わたしが9階の森へ野草を取りに行っていたとき、弓くんの部屋の電球が切れたらしい。
ティーンズは電球がなければ真っ暗になる。
わたしが部屋に着いたときには、ひどいことになっていた。
布団も家具も滅茶苦茶。
そして、あの人形。
首が切断されて、口は塩を詰め込まれて縫い止められていた。
身体はバラバラに切断されて釘で壁に打ち止められていた。
そして、弓くんは、部屋の隅で、抜き身の刀を抱いてガタガタ震えていたのだ。

押川くんによると、弓くんが人形にしたことは、 死体がゾンビイになって動き出したときの、最も効果的な対処法だという。
ああ、あの人は、どんな恐ろしい目にあってきたのだろう。
たった一人、真っ暗な迷宮に閉じこめられて、8週間ものあいだ?



5月18日。

二度とあんなことがないようにしよう。
弓くんはまだ落ち着かない。



5月19日。

人形は駄目だ。
でも、弓くんに人間性を取り戻させることをあきらめるわけにはいかない。
だから絵本を作った。
高校なんだからしょうがないが、図書室には小さな子供向けの本がない。
とりあえず桃太郎。下手くそだけど絵も描いた。
何度も朗読してあげる。たぶん喜んでいると思う。
言葉を思い出してくれればいいけど。



5月20日。

今日も朗読。弓くんが飽きる前に次の絵本を作らないと。
でも、なににしようか?
金太郎の話の筋はよく憶えていないし、浦島太郎は――なんだか切ない。
あの結末はなんだか弓くんとオーバーラップする。
それに、本当は桃太郎だって、よくないかもしれない。
デーモンを引き連れ、剣を振り回して怪異と戦うなんて、あまりにリアルだ。
桃太郎がリアルに感じられるなんて。
こうなったら、オリジナルの絵本しかないかな。



5月21日。

今日も朗読。
弓くんは、わたしにはすこしなついているように感じられる。
そりゃそうだ、ずっと世話をしているのはわたしなのだから。
複数の人がいるときに、わたしの側に寄ってくるのは、なんだか誇らしい気持ちがする。
それと、弓くんの名前を呼ぶと反応するみたい。だんだんよくなってきている。

名前と言えば、押川くんはまだ赤ちゃんに名前を付けていない。
どうやら自分が名付け親になっていいものかどうか迷っているようだけど、 弓くんがわたしになつくのと同じで、それは育てている押川くんの権利なのだと思う。



5月22日。
みんなで卓球をした。
メンバーは、槍くん、真名瀬君、押川くん、榎木君、梅村さん、わたし。
たまには息抜きもいいよね。わたしは見てるだけだったけど。
押川くんが赤ちゃんに名前を付けた。「希望」だって。
けっこういい名前だと思う。



5月23日。

あたらしい絵本の制作に入る。
25階の海で、男の子と女の子がカヌーに乗って冒険をする話。
思ったようにはいかない。絵が下手だからなんだな。



5月24日。
絵本の制作が間に合わないので、弓くんには即興でお話を聞かせる。
弓くんはよく笑うようになった。わたしの顔を見ると笑ってくれる。
やせ細っていた身体の方も、どんどん元に戻っている。



5月25日。

「レーカ」って言った。確かに言った。
ついにわたしの名前を憶え、理解し、喋ってくれたのだ。
なんだか毎日が楽しい。明日が楽しみ。
こんな気分は、元の世界でもあまりなかったことだ。



5月26日。

9月1日のあの現象を、「転校」と呼ぶことが流行っているらしい。
わたしはあまり賛成できない。
転校という言葉には、なんだか感傷的な、ちょっぴり甘くてかなり切ないニュアンスがある。
いい言葉だと思うのだ。
それを、こんな――こんな馬鹿げていて、血臭と死臭ばかりする現象にあてはめるなんて。



5月27日。

弓くん、最近はおとなしい。剣がなくても平気になってきた。

誰かがガラスの制作に成功したとか。



5月28日。

なんだそれ。なんなんだそれ。

今まで見向きもしなかったくせに。
彼がわたしを向いたとたんに嫉妬するなんて。



5月29日。

少し冷静になった。
もっと冷静になるために、この日記にきのうのことを書く。
わたしが(間抜けにも)ニコニコ笑いながら弓くんの話をしていたときのことだ。
梅村さんが「彼は、麗華ちゃんの所有物じゃないのよ」と言った。
わたしは、「そんな風に思っていない」と言ってその場を離れた。
頭に血がのぼった。
でも、今にして思えば、そういうことなのだ。
弓くんが子供みたいになって、世話をするわたしになついてきたとき、
たしかにわたしは「このままでもいいかな」と思った。
「この人が治らなければ、ずっとわたしのものになるのに」。
そう心の奥で思っていたことは事実だ。
最低だ。
もし、弓くんが元に戻ったら、弓くんは、わたしのことなんて見ないで、 梅村さんの方ばかり見るようになるだろう。
それが元の状態だから。
でもそれでいい。わたしは弓くんが元に戻るように努力する。
それしかできない。



5月30日。

弓くんがだんだん腕白になってきた。
壁に落書きをしたので、怒ったら、泣いた。
弓くんの泣き顔なんて初めてだ。

新しい絵本ができたので読んで聞かせる。
次の本も考えなくちゃ。



5月31日。

本当に活発になってきている。
心は子供でも、身体は立派な大人だ。力で暴れられたら怖い。
でも、弓くんはやさしいから暴力はふるわないと思う。
名前のコンプレックスで荒々しくなっていた元の人格の時にも、 女の子や怪我人には暴力をふるわなかった。
根は優しいのだ。

梅村さんに謝った。
笑って許してくれて、逆に謝り返された。
本当にサバサバしていて気っぷがいい。弓くんが好きになるわけだ。



6月1日。

衣替え。
迷宮のティーンズには季節の変動はないけど、野外系の階は全部、 元の世界の暦とおなじ変化をしている。
常夏の25階や、砂漠の39階なども、日の長さの周期はぴったり一年周期のようだ。
7階の宇宙世界に、1年生の男の子が流れていってしまったらしい。
ゴミを捨てるときの事故だそうだ。
あの戦争をやっと生き残ったのに。悲しいことだ。



6月2日。

新しい絵本が完成しそう。



6月3日。

どうしよう。まだ見つからない。
わたしが、あんな些細なことで弓くんを怒るからいけないんだ。
弓くんが泣きながらうちを飛び出してしまった。
本当にわたしは最低だ。
いろんな人が弓くんを捜索してくれている。
ティーンズから出て、階段を下に駆け下りていったらしい。
どうか、弓くんが7階の宇宙に落ちていませんように。
9階の森だって、一人で迷ったらどうなることか。
もうすぐ今日が終わる。
ちょっと休んだら、わたしも捜索に戻るつもり。

今、見つかったという知らせが届いた。行こう。



6月4日。

今日の出来事をまとめよう。
深夜0時をまわった頃、弓くんが発見された。
場所は4階中廊下。
元の学校階だ。
見つけた人が近づくと、弓くんは非常扉を開けて逃走――。
ティーンズの7階層迷宮と同じく、1階から4階までの非常口の外は 繋がった世界だ。他の階と違い、独立した世界ではない。
弓くんはそのまま非常階段を降って1階へ。
1階の外は、校庭、体育館、その他学校の敷地。それだけ。永遠の夜の学校。
学校の外へは出られない。帰ることは出来ない。
弓くんは、たぶん、学校を出て自分の家へ帰りたかったのだと思う。
でも、学校の外がないことを知って――そう、無いのだ――立ち往生しているところを、 追いかけていた階段委員会の人に捕まった。
それをふりほどいて、弓くんは校庭の方へとまた逃げ出した。
この辺りだ、わたしたちが駆けつけたのは。
いろんな人が弓くんのために来てくれていた。
双子の弟の三鷹槍くん。押川蓮太郎くん。真名瀬裕太くん。榎木律也くん。梅村房緒さん。 多々良一先輩も、鍛冶場から出てきて捜索に加わってくれた。
生徒会側からも、見田行狼さんや三浦春斗くんがきてくれた。
知った顔。知らない顔。見たことはあるけど、名前の知らない顔。
総勢40人ほどが、弓くんのために、知らせを受けて、一階の校庭まで降りてきてくれたのだ。
戦争が終わって、これ以上、誰にもいなくなって欲しくないから。
たくさんの人に囲まれて、弓くんは怯えていた。
それで、わたしが、弓くんの名前を呼んだのだ。
弓くんは確かに私の方を向いて、少し安心したような顔を見せた。
わたしは、うずくまる弓くんに近づいて、抱きしめて、顔を上げてみんなを見ながら宣言した。
「わたしはこの人が好きです。だから元に戻るまで、わたしが世話をします」と。



6日5日。

あたらしい絵本が完成。弓くんに読んで聞かせる。


「39階は砂漠だ。……」






このページのTopへ戻る

蟹通トップページへ