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厨房で見つけた鍵が書斎の扉に合う。
君はカチリと音が鳴ったのを確認してから、静かに扉を押し開けた。
書斎には誰もいない。
ざっと周囲を見回す。書斎から寝室へ通じる扉がある。
それを静かに開ける。鍵はかかっていない。
寝室はぶ厚いカーテンが引かれ、ただでさえ薄暗い日でもあり、ほとんど夜のようだった。
北岡高人(きたおかたかと)
はベッドに入って眠っていた。
その姿は齢百二十才を越えているようにはとても見えない。不摂生で多少太ったようだが、 北岡は君の知っている百年前の若者のままだった。
不老なのだ。
(あるじ) を裏切って手に入れた不老だ。友を売って手に入れた不老だ。
目の前でいぎたなく眠っている男は不老を得て、一世紀ものあいだ、のうのうと生きてきたのだ。
和泉志麻(いずみしま) を君の目の前で殺し、それを見ながら何もできなかった君を生きながら地獄に堕とした。 もっとも信頼していたものたちに裏切られたものだけが発する叫び――その二人分をもって (にえ) して、永遠の若さをデーモンと契約して得た、七人のうちの一人。
君は手が真っ白くなるほど強く左文字の柄を握りしめた。
君はこれ以上北岡の顔を見ないようにして、寝室をあとにした。
北岡の顔をあと5秒でも見ていたら、君は彼を殺していただろう。
もちろん、眠っている北岡を殺すなどということはできない。
そんな楽な死に方をさせてたまるものか。

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