君は「ニバス」と叫んでからしばらく待った。屋敷への扉を見つめ、思いに耽る。
この屋敷は七大委員長(セクンダデイ)
の一人、 生活委員長の北岡高人(きたおかたかと)の屋敷だ。
百年の地獄生活から甦った君は、まずこの屋敷のある9階の森の中に出現した。
百年のあいだに世間がどう変わったかも確かめずに、一振りの太刀をもってこの屋敷に乗り込んだ。
元来、剣術がそれほど得意でもなかった君は、ただ復讐の赤黒い怒りだけを頼りに護衛たちと斬り結び、そして殺された。
そして道連れに殺した二人の護衛とともに、このゴミ捨て場に廃棄されたというわけだ。
今度はもう少し慎重になろう。北岡高人に逃げられては探すのが面倒になる。武器も失った。
玄関ホールでの戦いの最中、北岡は姿を見せなかった。彼は昔から怠惰の(さが)が激しかったので、この昼間から寝ているのだろう。 七大委員長(セクンダデイ)の地位に 再び登りつめた今、わずらわしい世間との交渉を避けて、 ここ9階の森林世界の奥でわずかな護衛とともに静かな隠遁生活を送っているというところか。
許せない。
和泉志麻(いずみしま)を殺し、 君を地獄に堕とし、その(にえ)で得た 不老を楽しみ、安逸な生活を送っている彼を、君は許すことができなかった。
鳩尾(みぞおち)の下に 貯まる復讐の念に顔を歪めさせている君は、屋敷への扉を内側からがりがりと引き掻く音に気がつく。
扉をわずかに開けると、一匹の黒猫がするりと姿を現した。
「呼んだか。御主人」
黒猫が口を聞く。
「ああ呼んだ」
君は応えた。
「ニバス。お前は今どこにいる。この屋敷の構造はわかるか」
「質問は一つにしろ。わたしはそれほど(さと)くない」
黒猫の口の聞きように君は腹を立てた。
「ニバス、今は俺が主人だ。貴様は俺の使い魔だ。 貴様が地獄の道化師で俺がその虜囚だった時代は終わった。 口の聞き方に気をつけないと、貴様をアリオクに頼んでかつての俺のようにさせる」
黒猫はひどく人間くさい仕草で頭を下げる。
「承知した。御主人」
「では俺の質問に答えろ」
「わたしは館の玄関で御主人を殺した男たちに所有されている。 館はいくつかの部屋と二回折れる廊下で成り立っている。部屋の数はさほど多くない。 玄関には武装した男が三人。ここに来る途中で別の男を見た。 階段があったが二階へは行っていないからわからない。 わたしの知ることはそれだけだ」
「北岡高人という男がどこにいるかわかるか。ニバス」
「それはわからない。わたしはその男を知らない。 御主人、わたしは身体から長く離れているのでつらい。戻ってもいいか」
君は手を振った。
「いいだろう。行け」
黒猫は扉の隙間から屋敷の中へ躍り込んだ。
君も黒猫のあとを追うように扉を開け、屋敷の中へ入り込んだ。

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